日時:2023年10月23日(月) 17:30~18:30(発表45分,質疑15分)
講演者:板井啓明 准教授
場所:理学部1号館105号室
演題:「普遍と普通」地球化学・陸水化学の温故知新
要旨:
東大赴任後に学生から受けた言葉で印象深いのは「特殊より普通を知りたいのです」の一言である。彼には、化学的原理を抽出するために特定元素に着目して研究を進める手法が「特殊」に映ったのかもしれない。彼の言う「普通」が、自然の状態をある目的に沿って計測したときの統計的中心を指すのであれば、現象の機構レベルの理解によりそれを十分な精度で予測可能にすることが理学的研究の目標であろう。また、統計的中心を知りたければ、組織化された観測網により蓄積されたデータを活用することが、今日では可能であろう。にも拘わらず、私自身は、横断的実地調査とその分析を経験して得られる暗黙知の重要性を直感している。発表の前半では、21世紀に比較湖沼学的研究を東大で進めることの啓蒙的意義を、類似研究が隆盛であった時代から学ぶことを目的に、菅原健博士、吉村信吉博士、半谷高久博士らの研究史を追う。
発表の後半では、先人の研究史をふまえて、私が着手した研究について述べる。初めに、湖沼の物質代謝を考える上で主要な成分として、溶存酸素・リン・ケイ素に着目した研究例を示す。次に、国内陸水でデータの少なかった微量元素挙動の理解のため、東日本に分布する14湖沼の元素鉛直プロファイルの系統的分類や、26本の一級河川の計測結果について紹介する。さらに、21世紀型の計測項目として、環境DNAデータの比較湖沼学的解析から得られる知見について紹介する。最後に、生物間の被食-捕食関係を通じた物質移行の定量的解析を、炭素・窒素・リン以外の元素に拡張させる「生態系地球化学」の展望について説明する。